日本の農業とともにある
獺祭の酒づくり
獺祭 未来へ
農家と共に
獺祭(だっさい)とは、山口県の旭酒造が、山田錦だけを使って造る純米大吟醸酒である。
2022年夏、基幹商品である「磨き二割三分」の精米歩合23%(米の77%を削る)を超えた、精米歩合8%の酒「未来へ 農家と共に」が生まれた。それは何故か?
この取り組みには、日本の確かな米づくりが美味しい酒を産み、美味しい日本酒が日本の農業の発展につながる未来の姿がある。
文・町田成一 うまいもん筆頭目利き人、
月刊dancyu元編集長
撮影・八木澤芳彦
山田錦をつくる農家の誇り。
右が、2016年に栃木県下野市で株式会社山田錦栽培研究所を立ち上げたメンバーの一人で社長の海老原寛明さん。左が、2022年に就農し、山田錦栽培を始めた元西裕樹さん。
獺祭の蔵元の桜井博志会長による「山田錦をつくりましょう!」という全国の農家への呼びかけは、今や22県にも広がりを見せているという。
特筆すべきは、これをきっかけに、農家の後継者となる若い人たちの就農が増えていることだ。日本の米農家に強いられてきた減反や飼料米づくりにはない、農家の誇りが山田錦栽培にはある証である。
3人から始めた山田錦栽培。
「山田錦は兵庫県の酒米ですが、栃木よりも寒い新潟県で山田錦の栽培が成功したと聞き、栃木でもつくれるのではと思い、始めました。それが2014年です。3人で3haからのスタートでした。それが8年で40人、100haにまで増えました」と語るのは、右から二人目の“エビベジ”ブランドで知られる海老原秀正さん。
「下野市で300haの圃場整備ができたタイミングでしたので、新しい農業にチャレンジしたのです」と、右端の黒川英代さん。株式会社山田錦栽培研究所の取締役で創立メンバーの一人だ。左の3人が元西家の皆さん。このような動きが全国に広がっているのだ。
山田錦こそ酒米の最高峰。
獺祭の原料である米は、すべて山田錦。酒造好適米と言われる酒造り用の米の中で圧倒的最高峰のものだ。しかし、通常の稲よりも棹が長く倒れやすいなど、栽培が難しいことから、栽培面積を減らしてきていた酒米でもある。
獺祭の生産量が増えるにつれ、山田錦が不足してきたことから、旭酒造ではJAに頼らない山田錦の増産に取り組んできている。現在、全国の農家から年間約9000tの山田錦を仕入れており、その量は日本の山田錦生産量全体の約35%にあたるという。
農家が儲かる農業に。
獺祭の蔵元である旭酒造では、「最高を超える山田錦プロジェクト」を実施。2019年からコンテストを開催しており、全国の農家から応募のあった山田錦の中からグランプリ、準グランプリ、入賞を選び表彰。グランプリ米60俵は1俵あたり50万円、計3000万円で購入しているという。通常の20倍である。初代のグランプリは、兵庫県などを差し置いて栃木県の農家が受賞している。
「日本の農家に希望を持ってほしいという思いから始めたグランプリです。私たちは、農家のみなさんと一緒に世界に打って出たい。例えば“獺祭 磨 その先へ”は“獺祭 磨き二割三分“を超えるものとして、単なるマーケティングではない、実質的な内容を持った日本型の高級酒として世界のマーケットを対象に造ったものです」と、旭酒造の桜井博志会長(左)は語る。
ひと粒の米も無駄にしたくない。
一方、「獺祭 未来へ 農家と共に」は、“ひと粒の米も無駄にしたくない”という蔵元の思いから生まれた酒だ。
「山田錦という酒米は、優秀な農家さんが丹精込めて育てても、どうしても5〜10%の等外米が生まれてしまいます。等外米には心白がなく、これを使うと吟醸酒とは名乗れないこともあって酒蔵が使わないため、それが農家さんにとって大きな負担になっていたのです」と、桜井一宏社長(前の写真右)は語る。
10日かけて磨く、精米歩合8%。
等外米とは、米に心白がない不揃いの米を指す。米を磨く際に割れる原因となる心白がないのだとしたら、23%以上に徹底的に磨くことができるのではないか? という逆転の発想から生まれたのが「獺祭 未来へ 農家と共に」だ。自社の精米工場で10日間もかけて8%まで磨き上げる。二割三分で3日から4日。2.5倍の時間がかかるのである。
「出来上がったお酒はグルコース値が低く魅力がないかと思いきや、それを“磨き”の高さが補ってどこまでもきれいな独特の魅力を持っています」と、桜井博志会長は語る。
山奥にある酒蔵。
2015年に旭酒造の創業地に竣工した本蔵は、12階建て。山と川に挟まれた山あいの獺越という土地にある。蔵の周囲半径5kmの人口は約200人。蔵の斜め前にある周北小学校は全校生徒6人という土地である。
手間をかける酒。
近代的な建物の中は、さぞかし機械化が進んでいるのかと思いきや、洗米も写真の麹づくりも手作業で行われている。酒づくりに直接携わる蔵人だけで173人(2022年10月1日現在)。その数は圧倒的な日本一である。獺祭は、人の手を使う、手間をかけて最高品質をめざす酒なのである。
品質の向上に徹する酒造り。
もろみを発酵させるタンクは、発酵状態のチェックがしやすいように一つ3000ℓという小さなものを使っている。一般的な酒蔵では、特別な鑑評会への出品酒をつくるようなタンクだ。現在、その数380本。すべてが同じサイズだ。すべてのタンクに温度計が入っており、もろみの温度調整をする際に使う櫂(かい)もタンクごとに用意するなど、品質の向上に徹する。これが獺祭の酒造りである。
磨き二割三分がフラッグシップ。
最後に、主力商品の一部をご紹介する。
左から、旭酒造における最高の酒で、磨き二割三分を超えるものとして醸造された「獺祭 磨 その先へ」38,500円。
無加圧状態の遠心分離でもろみを搾る酒だけで造られる「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分 遠心分離」16,500円。2022年発売の新商品。
獺祭を代表する酒である「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分」5,500円。
山田錦の等外米を8%まで精米して醸す「獺祭 未来へ 農家と共に」16,500円。2022年発売の新商品。
アルコール度数が11度と低い、精米歩合21%の「純米大吟醸 獺祭 美酔」13,200円。2022年発売の新商品。(美酔に限り、当サイトでの販売時期は2023年1月からの予定です。獺祭の商品はほかにもいろいろございます)。価格はいずれも720ml、税込み。
美しい酒である。
“獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分”について、蔵元の商品説明には以下のように記されている。
「華やかな上立ち香と口に含んだときのきれいな蜂蜜のような甘み、飲み込んだ後口はきれいに切れていきながらも長く続く余韻」。これが獺祭だ。すべての商品に通底する酒質である。一言で表せば、美しい酒。極めて美意識の高い酒である。
獺祭は、正規ルートだけで世界25カ国に輸出されている。
世界を代表するシェフであるジョエル・ロブションが、自身のすべてのレストランのワインリストに「獺祭 磨き二割三分」を載せていることでも知られる。世界が、その美味しさを認め、称賛する酒である。
さらに獺祭は、フランス料理だけにとどまらない。花椒を効かせた麻婆豆腐にも寄り添える懐の深い酒。これが私の実感だ。桜井一宏社長は語る。
「近年、料理と酒のマリアージュということが言われます。獺祭は、さまざまな料理や食材によって、飲む日本酒の表情が変わることを楽しめる酒でありたいと思っています」。
山田錦という日本の確かな米づくりが美味しい酒を産み、世界で愛される。ここには、美味しい日本酒が日本の農業の発展につながる、明るい未来の姿がある。