はえどまりしじょう
南風泊市場で
天然ものを競り落とす
老舗ふぐ問屋 酒井商店
昭和10年代、下関の唐戸(からと)市場に創業した酒井商店は、年25万尾ものトラフグを扱うフグ専門仲卸です。
天然フグにこだわり、フグに関わる技を極めた酒井商店は、最近では平成18年、平成29年に宮家にもフグを献上しています。
「当社の社屋がなぜ亀山八幡宮の境内地なのか?
には、それほどいわれがある事はありません。」
酒井商店の酒井一社長談
酒井商店の会社設立は昭和27年ですが、創業は昭和10年代で、下関でも最初にフグを扱った仲卸の三社「平越」「なかお」「酒井」のうちの一つです。
現在の社屋は唐戸市場の背景の山にある亀山八幡宮の横に建ち、その屋上は神社の境内になっています。
関の氏神様である亀山八幡宮には世界一大きなフグのブロンズ像と言われる、「波のりふくの像」(関門ふく交友会奉納)があります。
その場所からして、酒井商店がどれだけ近代のフグ流通に関係したかが想像できます。
究極の
“天然とらふく”
を堪能する
古来、日本では河豚(フグ)ではなく、『ふく』と呼ばれていました。
『布久』『鰒』とも書き、海水を吹いて餌を探すからとか、怒って腹を脹らませるからなど、諸説があります。
江戸中期から関東でフグと呼び、当て字に中国の河川で獲れる魚(河豚)を当てたのが、現在のフグの語源のようです。
今でも下関などでは『不遇に通じる』からフグとは呼ばず、『ふく』と呼びます。
関西では当たると死ぬから鉄砲、島原地方ではガンバ(棺桶の方言)と呼ぶなど、フグは美味でも、一歩間違えば命を落とすことで、その扱いに高い専門性が要求されてきたのは当然のことです。
日本中の“ふく” の
およそ9割が集まる
南風泊漁港でのフグ競り
日本で獲れるフグ類は20種類弱。
その殆どは下関の南風泊市場に集結します。
活の「天然とらふく」を頂点に、様々なフグな競りに掛かります。その手法は袋競り。
もし、同じ値段を指差した場合は、値入した仲買人がじゃんけんで決着します。
袋競りに参加する人間は「フグの目利き人」のみ。
つまり、この市場が日本のフグの目利きをし、ランク分けをし、相場を決めることになります。
フグは見た目では品質がわかりにくいので、なおさら。この市場が日本のフグ流通に果たす役割は重要です。
また、猛毒のフグから毒のある部位などを取り去り、食べられる状態の 身欠(みがき) にする、専門の卸業者が集結していることも、この市場の存在意義です。
南風泊市場に日本中からフグが集まり、そして、日本各地に散じていきます。
フグの種類や天然・養殖の区別は簡単ですが、分厚い皮に覆われた中身の質となると、プロでも見分けが難しく、実際に身欠(みがき) にしてみないとわかりません。
酒井商店 三代目・酒井一(はじめ)さん。
酒井商店は最近では平成18年、平成29年に宮家にふくを献上しました。
みがきの達人を
多数抱える酒井商店
年間ざっと25万尾の
トラフグを扱います!
まさに秒殺!包丁で頭を叩かれた気絶した元気なフグは、瞬間に丸裸にされ、
内臓や目などの有毒部分を取り除かれ、丁寧に水で洗われます。
次に、残った筋や骨まわりの血管や脾臓の残りなどが丁寧に取り除かれます。
はがされた皮は表面の硬いとげ部分だけがこそげ取られます。
この皮ですら、場所により味が違い、食通をうならせます。
写真1枚目:酒井商店 三代目・酒井一(はじめ)さん
“天然”と“養殖”、
どちらが美味?
最高のとらふくを食べたいのであれば、
天然とらふく
リーズナブルに楽しまれたい場合は、
養殖とらふく
料理の腕に自信がある方は、
養殖の身欠きで、
是非「お刺身」に挑戦を
先ず、価格が違いますので、養殖の名誉の為に説明をします。
とらふくの大きさや質によりますが、圧倒的に天然のふくの方が高価です。
素材段階で価格差は2倍〜4倍と考えれば良いと思います(年末には6倍以上になることも)
それほど、天然とらふくに、お金を惜しまないお客様がいらっしゃるということです。
一般に東京でフグ料理を食べるとしても、まず、十中八九は養殖だと思います。
それでも一人あたり万札が必要なのですから、天然の上質なふくを扱う名店では、単純に考えても、2万〜4万円は必要ということです。
とらふくを食べたい!
さて、天然と養殖、どちらにするか?
まず、お料理する方が、良く切れる刺身包丁を使えるか否か?刺身包丁が使えるのであれば、身欠きが選択肢に入ります。
刺身包丁は使えなくても、鍋や焼きしかしないのであれば、ぶつ切りにさえ出来ればよいので、身欠きが選択肢に入ります。
ご自身で調理されずに、絶品のお刺身を食べたいのであれば、下関の料亭「古串屋」のお刺身セットがおすすめです。お一人様向けのお刺身セットもご用意しています。また、ふくちりセット(2〜3人向け)もございます。
最高のとらふくを食べたいのであれば、天然とらふく。そこまでは予算を割けない方であれば、養殖とらふくがおすすめです。
今回、私(食文化 萩原)は上質な天然と、上質な養殖の両方の身欠き(内臓などの危険部位を取り除いた状態)を取り寄せ、食べ比べをしました。
先ずは天然から。ぐっと引き締まった身は、透き通っていると言っても過言ではないです。
薄く刺身を引き、上質なふく用ぽん酢とふく葱で頂きます。
先ず、香りが素晴らしいです。
噛むと、ふくの香りがします。さらに、噛み締めると、うまみが溢れてきます。
ぽん酢に浸けるのではなく、ぽん酢を纏ったふく葱を上に乗せるくらいが最高です。
とても薄く切るのですが、噛み締めるという表現をしたいです。
極めて上質な天然とらふくの筋肉の細胞壁は強靭で、ちょっと噛んだくらいでは、ふくのエキスが出てこないという感じです。続けて食べても食べ飽きがこないです。
養殖の場合、ちょっと鼻についてくるのですが、天然は食べ続けたくなります。
養殖の場合、見た目はほとんど違いませんが、ほんの少しだけ身が柔らかい気がします。
一口食べると、何度もふくを食べたことがある方なら、『食べ慣れた味』と思うかもしれません。少しだけ柔らかで、ちょっと噛むだけで、ふくの味がします。
香りは明らかに天然よりも劣ります。
皿に残る水分でもわかるかもです。天然の場合、盛った皿には一切の水気を感じませんが、養殖だと、少しだけ水を感じます。
フグの身欠から、
刺しとちり(鍋)は意外に簡単!
包丁さばきに自信があれば
是非、挑戦を
極端な話、皮以外は薄くぶつ切りにして『ふくちり(鍋)』にしてしまえば良いのですが、せっかくなので、三枚におろし、身をさらし(ペーパータオル)で巻いて、水分を取りながら、一晩ねかして、『ふく刺し』をチャレンジするのがおすすめです。
骨の周りにたっぷり身を残して『ふくちり』を堪能し、皮は種類別にさっと湯びいて氷水にとり、刺身と一緒に堪能します。
皮の湯びきの時間は、肉厚の遠江(とおとうみ)部分は2分程度、他の皮は1枚毎に湯びいて、透き通ったら氷水に取ります。
※身と皮(三河)の横にある皮なので、遠江と呼びます。
ふく刺しに必要なのは長くて良く切れる包丁です。つまり、薄く切れることが重要で、見た目の美しさは二の次です。
厳寒の1月〜3月は
白子が極上の美味!
濃厚さ、食感(舌触り)、
その旨さは最高の冬の味覚
産卵期前の1月〜3月、雄のとらふくには巨大な白子が入っています。
大きいものは1個100g。特に天然ものは、その濃厚さ、食感(舌触り)、うまさ、
まさに最高の冬の味覚と言っても過言ではないです。
この乳白色の究極の美味は、中国では中国古代四大美女の西施に例えられ、西施乳と言われています。
この絶品を食べるには、調味料は塩だけに限りますが、何としても炭火を準備して欲しいです。
もちろん、ガスでも美味ですが、これだけの美味は手間を惜しまないで食べて欲しいです。皮の香ばしさに大きな違いでます。
柔らかいようで、包丁で切れます。口に入れると、皮の香ばしさと、中身のクリーミーでまったりした美味がお互いを増幅させ、あり得ない美味になります。
炭火がなければ、アルミホイルをくちゃくちゃにしてから開き、その上に乗せ、オーブントースターでじっくりと焼いても良いです。
もちろん、鍋に入れても大変、美味です。
天然ものの“白子”は
圧巻の美味
天然ものの白子の皮に包まれた中味は超高級洋食店のホワイトソースを、
さらにクリーミーにしたような食感で猛烈にうまいです。
養殖の白子も十分美味ですが、クリーミーさは天然ものには敵いません。
喩えれば、最高級の洋食屋のホワイトソースと家庭のホワイトソースくらいの違いはあると思います。
正直言いまして、18歳未満の青少年には食べさせてはいけない味です。
天然とらふくの白子、圧倒的な「おとなのパワーフード」だと思います。
(㈱食文化代表 萩原章史)